仮名暦をあつらえた話

今回の説話は『宇治拾遺物語』の「仮名暦をあつらえた話」。仮名暦は、仮名で吉凶などの暦注を記した女性、一般庶民用の暦で、平安末期に生まれました。この話は、仮名暦の記載をめぐって引き起こされる、僧と女房の、皮肉的でまたおかしみのあるショートストーリーです。
(『宇治拾遺物語』巻第5-7「仮名暦あつらへたる事」)

康永3年(1344)の仮名暦(『師守記』第16巻より)(出所:国立国会図書館デジタルコレクション)

現代語訳

 これも今は昔、ある人のもとに新参の女房がいたが、人に紙をもらって、そこにいた若い僧に、
仮名暦を書いてください」
と言ったところ、僧は、
「たやすいことです」
と言って書いたのだった。初めのほうは真面目に、“神、仏によし”、“坎日(かんにち)”、“凶会日(くえにち)”などと書いていたが、次第に後のほうになると、ある日は、“物食わぬ日”などと書き、またある日は、“これがあればよく食う日”などと書いてある。
 この女房は、風変わりな暦だなとは思ったものの、まさかこれほどでたらめに書かれているとは思いも寄らず、そういうことなのだろうと思って、そのとおり背かずにいた。またある日は、“大便をしてはならない”と書いてあるので、どうかとは思ったものの、そうなのだろうと、我慢して過ごすうちに、長凶会日(ながくえにち)のように、“大便をしてはならない”“大便をしてはならない”と続けて書いているので、2、3日までは我慢していたが、とてもこらえられそうもなかったので、左右の手で尻を抱えて、
「どうしよう、どうしよう」
と、体をひねりくねらせているうちに、気を失ってしまったという。

注釈

  1. 女房:貴族などの家に仕える女性。侍女。
  2. 仮名暦資料1:仮名で吉凶などの暦注を記した、女性、一般庶民用の暦。平安末期に生まれた。平安時代の宮廷・官庁では、暦注を漢文で記した具注暦が用いられていた。
    ※広瀬秀雄「暦」古代学協会・古代学研究所編『平安時代史事典』上、角川書店、1994年、935ー936頁
  3. 神、仏によし:神社、仏寺への参詣など、神事、仏事によい。
  4. 坎日:陰陽道で、諸事に凶であるとし、外出その他の生活を慎むべき日。
  5. 凶会日資料2:陰陽道で、干支の組み合わせに基づく凶日、悪日。
  6. 長凶会日:陰陽道で、凶会日が長く続くことをいう。

●プラスα
国立国会図書館「日本の暦」

https://www.ndl.go.jp/koyomi/index.html

資料

資料1 仮名暦(『好古日録』に収録されている貞応2年〔1223〕の仮名暦。「かん日」「かみほとけよし」などの記述が見える)


資料2 『枕草子』(「ことに人に知られぬもの」〔格別人の注意をひかないもの〕)に見える「くゑにち」(凶会日)の記述

出所:国立公文書館デジタルアーカイブ

地図、時代区分

話の舞台となった地域・場所は不明。

平安時代の話。

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