狐が、家に火をつける話

今回の説話は『宇治拾遺物語』の「狐が、家に火をつける話」。侍の悪ふざけで痛めつけられた狐が、人の姿になって侍の家に火をつけ報復します。ストーリーとしてはシンプルですが、「狐火」(闇夜に山野などで見られる怪しい火)の由来とされる、「狐は口から火をはく」という俗説がベースになっている興味深い話です。
(『宇治拾遺物語』巻第3-20「狐、家に火つくる事」)

狐火(『怪物画本』〔The BritishMuseum所蔵〕「ARC古典籍ポータルデータベース」収録)

現代語訳

 今は昔、甲斐国国司の庁舎の侍であった者が、夕暮れにそこを出て家のほうに向かっている途中、狐に出会った。狐を追い掛けて、引目(ひきめ)の矢で射たところ、狐の腰に射当てた。狐は射転がされて、鳴き苦しんで、腰を引きずりながら草むらに入ってしまった。男が引目の矢を拾い上げてから、再び進むうちに、この狐が腰を引きずりながら先に立って進んでいるので、また射ようとするといなくなってしまった。
 家がもう4、5町で見えてくるというところで、この狐が2町ばかり先立ち、をくわえて走っていたので、
「火をくわえて走るのは、どういうことだ」
と思って馬を走らせたが、狐は男の家のそばに走り寄って、人の姿になって家に火をつけたのであった。
「あの狐が人に化けて火をつけだのだな」
と、男は矢をつがえて馬を走らせたが、狐は火をつけ終えてしまうと、狐の姿に戻り草むらの中に走り込んで消え失せてしまった。こうして男の家は焼けてしまった。
 狐のようなものでも、すぐさま仇を返すのである。この話を聞いて、今後はこのような生き物を、決していたぶったりしてはならないのだ。

注釈

  1. 甲斐国:現在の山梨県に当たる地域。
  2. 国司:令制下、各国の行政に当たった地方官。
  3. 引目の矢資料1:蟇目矢(ひきめや)。蟇目は鏑(かぶら)の一種。蟇目矢は鏃(やじり)を除いて大型の鏑(かぶら)をつけた矢。鏑は朴(ほお)や桐の木で作られ、中は空洞で表面に数個の穴が開けられており、飛ぶと音が鳴る。射るものを殺傷しないことから犬追物(いぬおうもの)や笠懸(かさがけ)などの競技や、鋭く高い音をたてることから魔除けにも用いられた。
  4. 4、5町:1町は約110メートル。4、5町なら約440〜550メートル。
  5. 資料2:いわゆる「狐火」。狐が口からはくとされた火。「狐(中略) 其口気を吹けば火の如し、狐火と云」(『大和本草』巻16)。

資料

資料1 蟇目(『本朝軍器考集古図説』より)

出所:国立国会図書館デジタルコレクション

資料2 『大和本草』(巻16)に見える「狐火」の記述

出所:国立国会図書館デジタルコレクション

地図、時代区分

甲斐国の国府(令制で、国ごとに置かれた地方行政府〔国衙〕)辺りでの話。甲斐国の国府は、現在の山梨県笛吹市御坂町国衙39にあったとされる。
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おそらく、平安時代の話。

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