承安元年7月、伊豆国奥島に鬼の船が着く話

伊豆の島に漂着した「鬼」が島人を殺害し逃走したという、衝撃的な事件を取り扱った話。平安後期の日記『玉葉』にもその記載があり、本話は実際にあった事件を題材にしているとみられます。この「鬼」のことや、この時の鬼が落としていったという「鬼の帯」を収めた蓮華王院の宝蔵のことを調べながら、現代語訳しました。
(『古今著聞集』巻第17 変化第27「承安元年7月、伊豆国奥島に鬼の船着く事」)

延宝8年(1680)に日向国に漂着したバタン人
出所:清野謙次 著,太平洋協会 編,創元社『太平洋に於ける民族文化の交流』[国立国会図書館所蔵])「国立国会図書館デジタルコレクション」収録

現代語訳

 承安元年7月8日、伊豆国奥島の浜に船が1艘着いた。島人たちが「暴風に吹き寄せられた船だ」と思って、出向いて見てみると、陸地より7、8(たん)ばかり離れたところに船をとどめて、が、縄を下ろして海底の石に四方をつないだ後、8人が船から降りて海に入り、しばらくしてから、岸に上陸した。
 島人が粟酒を与えると、飲み食いする様子は、馬のようだった。鬼が話すことはなかった。その姿は、身長が8、9ほどで、髪は夜叉のようである。体の色は赤黒く、目は猿の目のように丸い。皆、裸である。体には毛が生えておらず、(がま)を編んで腰に巻いていた。体にはさまざまなものの形の入れ墨をしていた。入れ墨には縁取りを施していた。それぞれ6、7尺ほどの杖を持っていた。島人の中に、弓矢を持っている者がいた。鬼がそれを求めた。島人が惜しんだので、鬼は鬨(とき)の声を上げ、杖を持って、まず弓を持っている者を打ち殺した。おおよそ打たれた者9人のうち、5人は死んでしまった。4人は傷を負いながら生きた。その後、鬼は脇の下から火を出した。島人は、「きっと殺されてしまう」と思って、神社に奉納していた弓矢を言上し出してもらい、鬼の元へ向かったところ、鬼は海に入り、泳いで船の元に戻り乗った。すぐさま風に向かって走り去った。
 同じ年の10月14日、国解(こくげ)を書いて、〔鬼が〕落とした帯を添えて国司に献上した。その帯は、蓮華王院の宝蔵に収められたとかいうことである。

注釈

  1. 承安元年:高倉天皇の治世。西暦では1171年。:京都市左京区下鴨にある賀茂御祖(かもみおや)神社の通称。
  2. 伊豆国:旧国名。現在の伊豆半島と伊豆諸島を含む地域。:一定の神官職につかないが、氏神の祭に参集し、奉仕する人。
  3. 奥島:未詳。
  4. :1段は6間、約10.8メートル。7、8段では、約75.6〜86.4メートル。
  5. :ここでは漂着した異国人のこととみられる。裸体で、肌は赤黒く入れ墨を施していたこと、黒潮の潮流の関係から、フィリピン方面の現地人か。延宝8年(1680)に、フィリピン北部ルソン島の北方にあるバタン島(馬丹島)から日向国に漂着したバタン人の姿は、本話で描かれている姿に似ている(口絵参照)。
  6. 粟酒:粟を発酵させて作った酒。粟焼酎の類。
  7. :1尺は約30.3センチ。8、9尺なら、約2.4〜2.7メートル。
  8. 夜叉:インドの鬼神の名。後に仏教に取り入れられて八部衆の一つとされる。『倭訓栞』(わくんのしおり)の「おに」の項には「倭俗におにといふは悪鬼をいふ。梵書の夜叉神、羅刹鬼是也」の記述がある。(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2562815/21
  9. :ガマ科の多年草。大形の湿生植物で、川辺や池沼に生える。
  10. 国解:令制で、諸国の国司から太政官または所管の中央官庁に提出する公文書。ただし、本話では「国司に」とあることから、奥島の知行者から伊豆の国司宛てに送ったものか、あるいは、伊豆の地方官から遙任国司(注11参照)として在京していた国司に届けられたものをいうか。
  11. 国司:令制下、各国の行政に当たった地方官。守(かみ)・介(すけ)・掾(じょう)・目(さかん)の四等官がある。任期は4年。注10の「遙任国司」とは、現地に赴任せず、在京しながら、収入だけを得ていた国司のこと。
  12. 蓮華王院の宝蔵:蓮華王院は、京都市東山区にある天台宗の寺。長寛2年(1164)、後白河法皇の勅願により平清盛が創建。本堂は内陣の柱間が三十三間あることから、三十三間堂の名で知られる。創建時の本堂は建長元年(1249)焼失、現在の堂宇は文永3年(1266)の再建。宝蔵は本堂の北に建てられ、美術品等、後白河法皇が収集した秘蔵の品が多数収められていたという。

●プラスα
(1)『玉葉』にも本説話と同様の事件の記載

 九条(藤原)兼実の『玉葉』(平安後期~鎌倉初期の日記)の承安2年7月9日条にも、この話が記されている。年月日は異なるものの、中身は酷似しており、本説話は実際にあった事件を題材にしているものとみられる。

(2)蓮華王院の宝蔵に収められていた宝物
 原典未確認だが、竹居明男「蓮華王院の宝蔵ー納物・年代記・絵巻ー」(角田文衛編『後白河院』吉川弘文館、1993年、447頁)によれば、「珍奇なもの」2種、「装束・武器」4種、「楽器」13種、「仏像・絵画」12種、「典籍」24種の宝物が納められていたと推定されており、また「鬼の帯」は「珍奇なもの」の2種うちの1種とされているという。
<その他参考>
刊行物紹介「大日本古記録 民経記 七」(『東京大学史料編纂所報』第30号[1995年])
https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publication/syoho/30/pub_kokiroku-minkeiki-07.htm

資料

資料1 『玉葉』の記載(承安2年7月9日条)

出所:藤原兼実 著,国書刊行会『玉葉 第一』(国立国会図書館所蔵)「国立国会図書館デジタルコレクション」収録(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920187/119

資料2 蓮華王院の宝蔵(蓮華王院御文庫)に言及した記録(『吉記』承安4年2月11日条)

出所:笹川種郎 編,矢野太郎 校訂,内外書籍『史料大成 第22 吉記. 第1,2』(国立国会図書館所蔵)「国立国会図書館デジタルコレクション」収録(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1236604/27

地図、時代区分

伊豆国の「奥島」は未詳のため、ここでは伊豆諸島の地図を掲げる。
平安時代の話。

タイトルとURLをコピーしました