雷を捉えた話

雄略天皇が皇后と交合している際、それとは知らずに部屋に入ってしまった小子部栖軽(ちいさこべのすがる)に天皇が命じたのは、雷鳴をきっかけとして「雷の神をお迎えしてこい」ということだった……(『日本霊異記』上巻第1「雷を捉へし縁」)

歌川国芳「小子部栖軽豊浦里捕雷」(出所:MFA_Boston : 立命館大学アート・リサーチセンター: ARC浮世絵ポータルデータベース)

現代語訳

   小子部栖軽は、泊瀬(はつせ)の朝倉の宮で23年間天下をお治めになった雄略天皇<大泊瀬稚武(おおはつせわかたけ)天皇と申し上げる>の腹心の従者だった。天皇が、磐余(いわれ)の宮に住まわれた時のこと、皇后と御殿にて交合している際、栖軽はそれとは知らず、部屋の中に入ってしまった。天皇は恥じて途中でお止めになった。ちょうどその時、空に雷鳴がした。天皇はすぐさま、栖軽に尋ねられた。
「お前は、雷の神をお迎えすることができるか」
「お迎え申しましょう」
「では、お迎えしてこい」
 栖軽は、緋色の蔓(かずら)を額に巻き、赤旗をつけた桙(ほこ)を手に掲げて馬にまたがり、阿部の山田の前の道と豊浦(とゆら)寺の前の道を通って駆けて行った。軽(かる)の諸越(もろこし)の辻に着いたところで、
「雷の神よ、天皇がお呼びですよ」
と、空に向かって大声で叫んだ。そして、そこからもと来た道を走り引き返しながら、
「たとえ雷の神といえども、天皇がお招きになるのを拒むことはできまい」
と言った。途中、豊浦寺と飯岡の間に、雷の神が落ちていた。栖軽は、神官を呼び、雷の神を竹製の輿に入れて宮に運び、天皇に申し上げた。
「雷の神をお迎えしてまいりました」
 その時、雷の神は稲光を放ち、輝いた。天皇はこれを見て恐れ、たくさんの供物を捧げて、雷の神を落ちたところにお戻しになった。そこを現在も「雷(いかずち)の丘」と呼んでいる(飛鳥の小墾田〔おはりだ〕の宮の北の地にあるという)。
 時が経って、やがて栖軽は死んだ。天皇は七日七夜、遺骸をとどめ、栖軽の忠義の心をしのばれた。雷の神が落ちたちょうど同じ場所に墓を作り、碑文を刻んだ柱を立て、そこに「雷を捉えた栖軽の墓」と記した。雷の神はこれを憎み怨んで落雷し、その柱を足で蹴り踏んだ。ところがその際、柱に生じた裂け目に挟まってしまい、またしても捉えられてしまった。天皇は、雷の神をお放ちになった。雷の神は、正気を失ったまま、七日七夜、地上にとどまっていた。天皇は命を下して、再び碑文の柱を立て、そこに、
「生きている時も死んだ後も雷を捉えた栖軽の墓」
と記した。これがその昔、雷の丘という名がつけられた由来である。

注釈

  1. 小子部栖軽資料:小子部連の祖とされる伝承上の人物。『日本書紀』雄略天皇6年3月条によれば「蚕(こ)」を集めよとの命を受け、誤って「子」を集めたため「小子部連」の姓を賜ったという。また、同じく雄略天皇7年7月条では、①天皇の命を受けた栖軽が三輪山の神を捕らえに行き、大蛇を捕まえてきたところ、②天皇は斎戒しなかった、③大蛇は雷のような音をたて、目をきらきらと輝かせた、④天皇は恐れ入って殿中にひきこもった、⑤(天皇が命じて)大蛇を岳(おか)に放ち、その岳を「雷」(いかずち)と名付けた、という話が紹介されている。
  2. 泊瀬の朝倉の宮:奈良県桜井市初瀬にあった皇居。
  3. 雄略天皇資料:第21代天皇。5世紀後半頃の在位。
  4. 磐余の宮:雄略天皇の別宮か。現在の奈良県桜井市池之内付近の地。
  5. 緋色の蔓を額に巻き:雷の神を迎えるための呪術的な扮装。蔓はつる草の総称。赤色のつる草を輪状に束ねて頭にかぶり、の意。つる草を赤く塗ったか、赤色の布をつる草に巻き付けたものか。一般に赤系統の色彩は神霊が依り憑き、その霊威が満ち溢れた状態であることを示す。
  6. 阿部の山田:現在の奈良県桜井市山田。
  7. 豊浦寺:蘇我稲目の向原寺の旧地に建てられたわが国最初の尼寺。現在の奈良県高市郡明日香村豊浦の地にあった。
  8. 軽の諸越:軽は現在の奈良県橿原市大軽の地。諸越は小字の名。
  9. 飯岡:未詳。
  10. 竹製の輿:竹は、雷神の依り代。
  11. 雷の丘地図:現在の奈良県高市郡明日香村雷に所在する小さな丘。
  12. 小墾田の宮:推古天皇の宮。
  13. 蹴り踏んだ:落雷の表現。落雷は雷の神が天から地に落ちて、足で蹴飛ばしたものととらえられていた。

資料

資料 渓斎英泉『武勇魁図会』に描かれた雄略天皇と小子部連螺蠃(小子部栖軽)

出所:UPS Marega : 立命館大学アート・リサーチセンター: ARC古典籍ポータルデータベース

地図、時代区分

現在の奈良県高市郡明日香村大字雷辺りでの話。
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雄略天皇、小子部栖軽が生きていた古墳時代の話。

 

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