九条堀河に住む女、夫を殺して泣くこと

夜、内裏の東南から女の泣く声が聞こえる。醍醐天皇は蔵人に女を捜すよう命じたが、近くには人の気配さえない。蔵人は、夜更けに大勢を引き連れて京中を捜し回ることに。天皇が執拗に女を捜させた理由は?
(『今昔物語集』巻第29-14「九条堀河住女殺夫哭語」)

喜多川歌麿「婦人相学十躰」より「浮気之相」(出所:ウィキメディア・コモンズ)

現代語訳

 今は昔、延喜の御世のこと、天皇が夜、清涼殿の御寝所においでになった折、にわかに蔵人(くろうど)をお召しになった。蔵人が一人参上したところ、天皇が、
「ここから東南の方角に、泣いている女がいる。速やかに捜してまいれ」
と仰せられた。蔵人は仰せを承り、内裏警護の吉上(きちじょう)を召して、松明をつけさせ、内裏の内を捜させたが、泣いている女などどこにもいない。
 夜も更け、人の気配さえないので、戻ってきてその旨を奏上したところ、天皇は、
「もっとよく捜してみよ」
と仰せになる。そこで今度は、八省の内の、清涼殿の東南に当たるところにある諸官庁の内を一つずつ捜して回ったが、やはり何も聞こえない。また戻ってきて、その旨を奏上すると、
「それでは、八省の外をさらに捜せ」
との仰せがあったので、蔵人はすぐに馬寮(うまづかさ)の馬を召してそれに乗り、吉上に松明をつけさせて前に立て、大勢を引き連れて、内裏の東南に当たる京の町中を捜し回った。しかし、京中皆寝静まっていて、やはり人の声はしない。まして、女の泣く声など聞こえてこない。ついに、都の南端にある九条堀川の辺りまでやってきた。一軒の小さな家があり、そこから女の泣く声が聞こえる。
 蔵人は「もしやこれをお聞きになったのではないか」と驚き、その小さな家の前に馬を止めたまま、吉上を内裏に走らせ、
「京中皆寝静まり、女の泣く声はしません。しかし、九条堀川にある小さな家に、泣いている女が一人おります」
と奏上させた。すぐに吉上は走り戻って来て、
「『その女を確実に捕らえて連れてまいれ。その女は人をたぶらかそうとして泣いているのだ』との宣旨でございます」
と言ったので、蔵人は女を捕縛させた。女は、
「私の家はけがれています。今晩、私の家に盗人が入り、夫が殺されてしまったのです。夫のむくろはまだ家の中にあります」
と言って、大声で泣き叫び続ける。しかし、天皇の命があるため、女をそのまま内裏まで連行した。そしてその旨を奏上すると、天皇は、内裏の外で、すぐに検非違使を召し、女を引き渡させ、
「この女は大きな罪を犯している。にもかかわらず、本心を隠して泣き悲しんでみせているのだ。速やかに法にのっとって取り調べを行い、処罰せよ」
と仰せられた。検非違使は女を受け取って退出した。
 夜が明けてからこの女を取り調べると、しばらくは白状しなかったが、拷問を加えると、ありのままを白状した。なんと、この女は情夫に実の夫を殺させたのだった。そしてこれを嘆き悲しんでいると人に聞かせるために泣いていたのだった。しかし、ついに隠しおおせず白状に及んだので、検非違使はその旨を奏上した。天皇は、
「思ったとおりだ。その女の泣く声は本心からのものではなかった。それゆえ、なんとしてでも捜し出せと命じたのだ。その情夫も必ず捜し出して捕らえよ」
と仰せられた。そこで、情夫も捕らえ、女とともに投獄した。
 このことを聞いた人々は皆、性格がよくないと思われる妻には気を許してはならないと、言い合った。
 また、天皇に対しては「やはりただの人ではいらっしゃらない」と尊び申し上げた、とこう語り伝えているということだ。

注釈

  1. 延喜の御世:醍醐天皇(885〜930年)の治世。
  2. 清涼殿:平安京内裏宮殿の一つ。天皇の御在所・常居所として嵯峨天皇の時に造営された。
  3. 蔵人:「令外(りょうげ)の官」の一つ。蔵人所の役人。はじめ、皇室の文書・道具などを納める蔵を管理し、訴訟なども扱ったが、後には天皇のそば近く仕え、その日常生活に奉仕した。詔勅の伝達、天皇への奏上、除目(じもく)・節会(せちえ)の儀式の執行など、一切を司った。なお、「令外の官」とは、大宝令などの職員令に規定された以外の官職や官庁のこと。
  4. 吉上:六衛府(ろくえふ)に勤める下級の役人。内舎人(うどねり)の下位、衛士(えじ)・仕丁(じちょう)の上位。宮中の警備、犯罪者の取り締まりにあたった。
  5. 八省:太政官に属する八つの中央行政官庁。中務(なかづかさ)・式部・治部・民部・兵部(ひょうぶ)・刑部(ぎょうぶ)・大蔵・宮内の八省。
  6. 馬寮:宮中の馬・馬具のことを司った役所。
  7. 九条堀川地図:九条大路が堀川と交わる地点。今の京都市南区西九条蔵王町辺り。
  8. 宣旨資料1:天皇の命令(=勅命)の趣旨を述べ伝えること。また、その公文書。
  9. 検非違使資料2:令外の官の一つ。初め京都の犯罪・風俗の取り締まりなど警察業務を担当。のち訴訟・裁判をも扱い、強大な権力を持った。

資料

資料1 宣旨を読み聞かせる絵師(『絵師草子』より)

出所:ウィキメディア・コモンズ

資料2 検非違使(『伴大納言絵詞』より)

出所:ウィキメディア・コモンズ

地図、時代区分

現在の京都府京都市南区西九条蔵王町辺りでの話。
Google マップで見る

醍醐天皇が生きていた平安時代の話。

 

タイトルとURLをコピーしました